East Village にある Smør は、スカンディナビア料理を気軽に食べられる小さなレストランである。店名の Smør は、デンマーク語で「バター」を意味する。中心にあるのは、デンマークの伝統的なオープンサンド、Smørrebrød。ライ麦パンの上にバターを塗り、魚や野菜、ハーブ、ソースなどを重ねて食べる料理だ。

Smør は2019年、デンマーク出身の Sebastian Bang と Sebastian Perez によって始まった。ニューヨークには世界中の料理があるが、北欧料理を日常の昼食として食べられる場所は意外と多くない。かつての高級北欧料理のような緊張感ではなく、もっと明るく、開かれた形でスカンディナビアの食事を出す。それがこの店のよさだと思う。

根底にあるのは、北欧文化を語る上でよく知られる Hygge(ヒュッゲ/おもてなし) の感覚だろう。心地よい時間、無理のない空間、誰かの家に招かれたような親密さ。白い壁、明るい木材、大きな窓。East Village の少し雑多な街並みの中にありながら、店内にはどこか静かな光がある。北欧の友人宅のキッチンに昼ごはんを食べに来たような、気取りすぎない居心地のよさがあった。

 
 
 

Smør
441 E 12th St, New York, NY 10009
https://maps.app.goo.gl/JJM7bk6QpfyyUL7H9

 
 
 

この日食べたものは、スモーブローを2種類と、穀物とロースト野菜を使ったサラダボウル。
まず、スモークサーモンのスモーブローがとてもよかった。濃い色のライ麦パンの上に、薄く重ねられたサーモン、きゅうりのピクルス、ディル、クリーム系のソース。見た目は整っているが、味はかなりはっきりしている。ライ麦パンの酸味と密度があり、そこにサーモンの脂、きゅうりの酸味、ディルの青い香りが重なる。
日本人にとって、魚を中心にした料理は入りやすい。ただし、Smør の魚料理は和食とはまったく違う方向にある。醤油やだしで食べるのではなく、パン、バター、クリーム、ピクルス、ハーブと合わせる。魚を主役にしているのに、味の組み立て方が違う。その距離感が面白い。

もう一皿はピクルドヘリングのスモーブロー。ニシンの酢漬けは北欧料理では定番の存在で、酸味と塩気があり、サーモンよりも少し癖がある。赤玉ねぎやケイパー、ディル、クリームと一緒に食べると、保存食としての魚の知恵がそのまま料理になっている感じがする。新鮮な魚をその場で食べるというより、寒い地域で魚をどう長く、おいしく食べるか。その答えのひとつが、この酸味なのだろう。
そして、スモーブローで重要なのはやはりパンである。具材の方に目が行きやすいが、黒くて重いライ麦パンがあるからこそ、魚やクリームの味を受け止められる。白いふわふわのパンではたぶん弱い。サーモンの脂も、ヘリングの酸味も、ディルの香りも、ライ麦パンの密度が下から支えている。

サラダもボリュームたっぷりで美味しい。ローストされたビーツやにんじん、穀物、アボカド、葉野菜が一皿に盛られていて、北欧料理というよりニューヨークのヘルシーなカフェ飯にも近い。しかし、野菜の甘さ、穀物の食感、酸味やハーブの使い方には、スモーブローと共通する土台感がある。魚の塩気や酸味に対して、野菜の土っぽさと甘さが入ることで、食卓全体が豊かになる。

この店の魅力は、伝統的なスモーブローを、East Village の日常に置ける形にしているところだと思う。高級北欧料理の堅苦しさではなく、明るい木のテーブルで、魚とパンと野菜を食べる。構えずに北欧料理へ近づける。その軽さが、Hygge の現代的な解釈なのかもしれない。食後の口に残るのは、サーモンの脂、ヘリングの酸味、ディルの香り、ライ麦パンの重さ、ロースト野菜の甘さだった。どれも大きな声ではないが、ちゃんと記憶に残る。

ニューヨークでスカンディナビア料理を食べたい時、特に魚、パン、野菜を中心にした軽い食事をしたい時、Smør はかなりいい。日本人の感覚にも近い部分がありながら、食べ方は少し違う。その距離がちょうど楽しい店だった。