アメリカのイタリア料理を見ると、ときどき日本の寿司とカリフォルニアロールの関係を思い出す。
本場の人から見たら、たぶん「これは寿司じゃない」と言いたくなるような、あの少しずれた感じ。アメリカのイタリアンにも、ときどきそれに近いものを感じる。けれど、少し違うのは、イタリア系アメリカ料理の多くが、外からの勘違いや単なるアレンジだけで生まれたものではなく、実際にイタリアから渡ってきた移民たちの生活の中で形を変えていったものだということだ。

 19世紀末から20世紀初頭にかけて、400万人を超えるイタリア人がアメリカに渡り、その多くは南イタリアやシチリアの出身だった。貧しい移民にとって、旧国では節約していたものを、アメリカではもう少し豊かに使えるようになった。だから chicken parm(チキンパルミジャーナ)のような「本場から見たら過剰」に映る料理も、単なる劣化ではなく、欠乏から豊富さへの移民の夢でもあったのだと思う。ニューヨークに今も残る古いイタリア系の店や、ダイナーで見かけるチキンパルミジャーナや茄子のパルミジャーナ、大皿のパスタには、そういう移民の歴史がまだうっすら残っているように見える。

 ただ、ここがカリフォルニアロールとの大きな違いかもしれない。カリフォルニアロールは、もちろん日系移民や日本食の系譜と無関係ではないが、今のアメリカでよく見る“なんちゃってジャパニーズ”は、必ずしも日本人共同体の内部から育った料理とは限らない。一方でイタリア系アメリカ料理は、イタリア系移民の家庭や近所、食堂やデリ、レッドソースの店の中で育ったものだ。だから、たとえ本場のイタリア人が「なんだこれは」と思ったとしても、イタリア系アメリカ人にとっては「祖父母の料理」や「家族の祝祭の味」でもありうる。そこに、この料理の強さがあるのだと思う。

 その一方でニューヨークでは、イタリア料理が長い時間をかけて別の方向にも育ってきた。トマトソースの移民料理とは別に、より地域性を強調した“本場系”や、素材の質、簡素さ、洗練を前面に出す高級イタリアンが、都市のレストラン文化の中で強い存在感を持つようになった。

 もっとすっきりしていて、もっと静かで、余白のある皿。トマトとチーズだけ、オリーブオイルだけ、魚介を少し、野菜を少し。そういう料理が、丁寧に置かれている店。きれいだし、美味しいし、実際に好きなものも多い。それでも、そういう皿を前にすると、私はつい、その料理の向こう側にある土地のことまで考えてしまう。
 以前、ベネチアで地元の食材だけで組まれた朝食を食べたことがあった。驚くほどおいしく、しかも気負いがなかった。そのとき、イタリア料理は日本料理と同じように、その土地の素材との結びつきや、新鮮さそのものが大きな意味を持つ料理なのだと、あらためて気づかされた。そんな体験があるせいか、高級イタリアンの繊細な一皿に向き合うと、味だけでなく、料理と土地の「距離」まで含めて眺めてしまうのである。これはどこの野菜で、どこの乳製品で、どこの魚介なのか。これはどれくらいの時間を経て、ここに来ているのだろうか、と。これは否定というより、むしろ料理の価値がどこから来ているのかを、自然に考えてしまうということに近い。

 どうやらニューヨークのイタリアンには、同じ名前の中に少なくとも二つの流れがある。ひとつは、移民たちがアメリカで手に入れた豊かさの中から育てた料理。もうひとつは、本来はその土地の素材や新鮮さと強く結びついていたイタリア料理を、遠く離れた都市の中で、別のかたちの洗練として立ち上げた料理だ。
 そうして見ていくと、私はニューヨークの移民イタリアンが少し好きなのかもしれない、と気づく。
 本場から見れば、少し大ぶりで過剰に映るかもしれない料理も、ここでは別の歴史を生きてきた味なのだと思う。トマトソースも、チーズも、カツレツも、山盛りのパスタも、その土地を離れたからこそ生まれた豊かさの表現だと考えると、見え方が少し変わる。
 洗練された一皿にも都市の美意識があり、移民の大皿にもまた別の時間がある。そして私は、最後にどちらの皿に親しみを覚えるかといえば、どうやら後者らしい。移民の歴史の中でふくらんでいった、あの少し大きすぎる味に、私はわりと親しみを感じている。