ニューヨークでレバノン料理を食べるなら、ilili はかなり名前の挙がりやすい店のひとつだと思う。場所は NoMad、5番街沿い。店内は広く、照明は暗めで、木のテーブルと大きな空間に人の声が響いている。静かな個人店というより、きちんと人を集めるために作られた、都会的なレバノン料理店である。
ilili Restaurant
236 5th Ave, New York, NY 10001
https://www.ililirestaurants.com/location/ilili-nyc/
https://maps.app.goo.gl/1JgDxf37auggkVq96
レバノン料理は、中東料理や地中海料理の中でも、メゼと呼ばれる小皿料理の楽しさが大きい。フムス、ババガヌーシュ、タブーレ、葡萄の葉包み、キッベ、ファラフェル、ラムやビーフのケバブ。ひとつの大きな皿を黙々と食べるというより、いくつかの料理を並べ、パンですくい、少しずつ味を重ねていく。

この日も、まずテーブルの中心に置かれたのはフムスだった。ひよこ豆、タヒニ、レモン、オリーブオイル。説明だけならとてもシンプルだが、ilili のフムスはかなりなめらかで、中央にたまったオリーブオイルの光まで含めて美しい。そこに温かいピタが出てくる。白く膨らんだピタをちぎって、フムスをすくう。この時点で、もう食事は始まっている。ピタというものは、料理の脇役のように見えて、実際にはかなり重要である。フォークで食べるのと、パンで食べるのでは、料理との距離が違う。フムスをすくい、ソースを受け止め、皿に残った味を最後まで連れてくる。レバノン料理の食卓では、パンはただの炭水化物ではなく、手の延長のようなものなのだと思う。


写真に写っている葡萄の葉包みは、Warak Enab。葡萄の葉で米やハーブを包んだ料理で、見た目は小さく地味だが、食べると酸味とオリーブオイルの香りがある。肉や揚げ物の前にこういう料理があると、食卓の流れが少し整う。派手ではないが、口の中に風を通す役割をしている。
手前に写っている揚げ物は、Beef Fried Kibbeh。キッベは、ブルグルと肉を使ったレバノン料理で、この店のものはスパイスを効かせたビーフに松の実や玉ねぎを合わせ、外側を揚げたもの。形は少しラグビーボールのようで、外側はしっかり色づいている。食べると、揚げ物の香ばしさの奥に肉とスパイスがある。これはかなり酒を呼ぶ料理である。

そして、この日いちばん印象に残る見た目だったのが、黒い鋳物の器に入った Kebab Kerez。公式メニューでは、ラムとビーフのミートボールにチェリーソース、カダイフ、チャイブを合わせた料理として載っている。濃い赤茶色のソースの中にミートボールが並び、上には細いカダイフのようなものがふわっとのっている。これが面白い。肉団子という言葉から想像する素朴さとは少し違い、ソースに甘酸っぱさと濃さがある。チェリーソースというだけで、肉料理の方向が少しずれる。肉を甘酸っぱい果実のソースで食べると、急に料理が古い宴会のような顔をする。わかりやすい肉の旨味だけではなく、少し艶っぽい、濃い赤の味がある。

奥に写っている小さなサンドイッチのようなものは、Duck Shawarma。薄いパンに肉を挟み、ピクルスやソースと合わせたものに見える。これもまた、ilili らしい現代的な出し方だと思う。伝統料理そのものをそのまま出すというより、ニューヨークのレストランとして、手に取りやすい形に整えている。


飲み物も印象に残っている。レバノン産との白ワインと、さらにアラックという白く濁った酒も頼んだ。アラックはアニスの香りを持つレバノンの蒸留酒で、水を加えると白く濁る。これが不思議な飲み物で、ワインやビールのように料理を流すというより、食卓の空気を一段変える。甘い香りがあるのに、味は強い。ひと口飲むと、フムスやキッベやケバブの周囲に、急に別の輪郭が出てくる。
レバノン料理は、酒と合う、というより、料理そのものが、人が集まって酒を飲むための形をしている気がする。フムスをすくう。葡萄の葉包みをつまむ。キッベを割る。ミートボールにソースをからめる。ピタで皿を拭う。その間にワインやアラックを飲む。ひと皿ごとの完成度というより、テーブル全体が少しずつ出来上がっていく。レバノン料理を味わうなら、ilili はちょうどいい入口かもしれない。伝統的な料理の形を残しながら、ニューヨークのレストランとしてきれいに整えられている。初めてでも入りやすく、メゼをいくつか並べるだけで、レバノン料理の楽しさがある程度見えてくる。
レバノン料理は、「皿の上で話す料理」なのだと思う。
それぞれが少しずつ違う方向を向きながら、同じテーブルの上で、ちゃんと会話をしている。